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仙台高等裁判所 昭和28年(ラ)23号 決定 1954年7月01日

抗告人 債務者 照井伝吉

相手方 債権者 照井虎太郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は末尾添付別紙記載のとおりである。

よつて按ずるに、抗告人は相手方の抗告人に対する盛岡地方裁判所昭和二十七年(ヨ)第一五四号粳籾十六石移転禁止仮処分申請事件について同庁の同年十二月二十七日にした仮処分決定に対し異議並びに特別事情による仮処分の取消を申立て昭和二十八年六月九日右仮処分取消の判決を得これが確定したものであること、右仮処分取消判決は特別事情による仮処分の取消であつて(異議の申立は排斥された)金五万円の保証を立てることを条件としたものであり、同時に仮執行の宣言を付せられ確定したものであること、前記仮処分の本案訴訟は昭和二十八年(ワ)第二一号玄米引渡請求事件(その請求の趣旨は粳籾引渡に変更された)として目下盛岡地方裁判所に係属中であることはいずれも本件記録に徴して明らかである。

元来民事訴訟法第百十五条第三項にいわゆる「訴訟の完結」が既に本案訴訟の係属後における仮処分事件のみの終了を包含するものかどうかは一概には断定できないが、本件仮処分事件は前掲判決の仮執行宣言に基きその執行が取消されたのであるから同仮処分事件のみについて考えると一応訴訟の完結があつたものといえるであろう。しかし右取消は抗告人もいつているように特別事情による取消であつて前記仮処分自体が違法なものとして取消されたのではない、又それ故にこそ抗告人も認めているように金五万円の立保証を命ぜられたのである。この保証は右仮処分を取消すことによつて債権者の被るべき損害を担保するのであつて、仮処分が取消されたことにより債権者たる相手方に生ずる損害は、殊に本件の如く係争物に関する仮処分の場合にあつてはその有無若しくは範囲が係争物に対する訴訟当事者の権利の帰属如何にかかつているのであるから前記のように本件当事者間に既にこれに関する本案訴訟が係属している以上その結着をまたずに相手方の権利行使を要求するのは不当であるといわなければならない。

抗告人は本件仮処分取消により相手方については一面将来の損害発生の可能性は絶無となり、他面相手方が本案訴訟において所有権に基き特定物として引渡を求める目的は既に喪失しているのであるから相手方はこれを損害賠償に変更すべきであり又そうすることによつて本件権利行使が可能であつたと主張するが本件仮処分取消により相手方において将来の損害発生の可能性が絶無となつたとは到底いい得ないのみならず、右仮処分取消により相手方がその本案訴訟の目的物を損害賠償債権に変更せざるを得ないような事態に立到つたとしてもその損害と本件仮処分の取消により相手方の被つた損害とは自ら別個のものであるといわなければならない。しかも前述の如くそもそもかような損害の有無及び範囲は本案訴訟の確定を俟たねばこれを明らかにし得ないのであるから債権者が現在の段階において担保権を行使できないことはいう迄もなく抗告人の右主張はいずれも理由がない。

従つて抗告人の担保取消申立を却下した原決定は相当であつて本件抗告は理由がない。

よつて民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条に則り主文のように決定する。

(裁判長判事 板垣市太郎 判事 檀崎喜作 判事 沼尻芳孝)

抗告の理由

(一) 抗告人は相手方(仮処分債権者)抗告人(同上債務者)間の盛岡地方裁判所昭和二八年(モ)第四一号仮処分異議事件の判決に於て特別事情の存在を肯認せられ、保証を条件とする仮処分の取消と仮執行の宣言が為されたので抗告人は右判決の確定を俟たずに昭和二十八年六月二十三日盛岡地方法務局に命ぜられた金五万円を供託し翌二十四日仮処分執行の取消を受けた。其後右判決は確定して仮処分異議事件は茲に結了したが、抗告人は旧臘仮処分執行を受けて以来、その解放を受ける迄本年度の種籾、及飯米等を他借してあるので右仮処分の目的であつた粳籾の一部は右借用分の弁済に充て残部は日常の用に供して最早剰余は僅少である。

(二) 前記の事情の下に抗告人は右金五万円の担保に付民訴一一五条三項に則り、原裁判所に権利行使の催告と担保取消の決定を求めたのに同庁では相手方に対し一応権利行使の催告をし、一定期間内に相手方よりは担保権を行使しなかつたものであるが同庁は其後右条項に所謂「訴訟の完結」とは仮処分取消事件の終了を指すものではなくて、本案事件の完了を意味するものと解すべきであり、その本案訴訟である同庁昭和二八年(ワ)第二一号粳籾引渡事件(相手方は始め玄米の引渡を求めたのに、仮処分事件と同一性を維持するために、途中に於て粳籾の引渡に請求を変更した)が係属中である事実は顕著であるから未だ担保を取消すべき時期が到来していないとして抗告人の右申立を却下したものである。然し乍ら右に所謂「訴訟の完結」の意義に付示した原審の見解は仮処分債権者が本案訴訟の未解決であるに不拘、仮処分事件のみの終了を根拠として民訴一一五条三項による担保の取消を求めた様な一般的な場合には妥当であるけれども仮処分債務者が保証を供与して仮処分を取消し、先づ以て仮処分事件丈けが結了した様な本件に関する限り右の見解が適切だとはどうしても云い得ない。

(三) 右に所謂「訴訟の完結」の意義を把握するには少くとも次の点が顧慮されなければならない。即ち訴訟の完結ありと云う為には、一面に於て、その時以後は損害発生の可能性がなくなると同時に、他面に於ては、その時迄に若し損害発生せるものと仮定せば担保権者に於てその賠償債権を行使出来る状態にあること(殊にその損害額を確定し得べき状態にあること)を必要とすると云う点である。蓋し、右の訴訟完結は担保権者の担保権行使(従つてその前提たる賠償権行使)と結合してのみ意味をもち、担保権者が被担保債権を未だ行使出来ない状態にあるに拘らず、担保権を喪失させるのは担保の目的を減却するに外ならぬからである。

(四) 本件に於ては仮処分取消判決の確定により(厳密には、その判決の仮執行により、造成された抗告人の「処分禁止より解放を受けた状態」――この状態は判決の確定により終極的に固定したものであるが――その処分禁止解放状態が固定化する以前に抗告人が仮処分目的物を処分――この処分権能は抗告人が保証を供託したことにより裁判所から暫定的仮定的訴訟法律関係として創設的に付与されたと見ることが可能である――したことに依り)相手方に付ては一面将来の損害発生の可能性は絶無となり、他面之と同時に相手方が本案訴訟に於て所有権に基き特定物として引渡を求めている目的は既に喪失して居るので相手方は本案事件の請求を籾の引渡から損害賠償に変更出来る状況に在るし、(相手方は仮処分解除の通知を受けて居り又其後間もなく、仮処分目的が脱穀、精白された事実は現に目撃して居る)又其の請求を変更しなければ、相手方の本案請求が目的物の喪失に因り棄却される可能性は多分にあり、仮りに相手方勝訴の裁判あるも、その執行は実効を期し難く、有名無実に帰し去るべき状況に在る。相手方の本案請求は既に無意義である。即ち相手方は本件権利行使の催告を受けた当時に既に新訴提起の方法によるも或は又訴訟経済の理想に適従する為には訴変更の方法を以てしても賠償債権の選択的行使の可能な状況に在つたのである。従つて本件は所謂「訴訟完結後」のことに属するから抗告人の担保取消の申立は適法である。

(五) 尚ほ原決定はその理由中に於て「云々仮処分異議申立事件に於て特別事情に因る仮処分取消の予備的中立が容れられて云々」「云々訴訟の完結とは仮処分取消事件の終了を指すものではなく本案事件の完了を意味すると解くべきところ云々」と云つているが抗告人はそれを予備的に申立てたものでなく、又、それのみが容れられたからとて、仮処分異議訴訟が、仮処分取消訴訟に転換されるものでもない。即ち民訴七五九条に定める特別事情による仮処分取消は、仮処分異議に関する民訴七四五条二項後段のみの特別規定であつてその前段とは直接の関聯はない、従て前段は何等の制約なしに、仮処分に準用せられる換言すれば、仮処分命令に対し適法な異議の申立があつた場合に於て、裁判所が特別事情の存在を認めたならば、其他の異議理由が存しないと思料したときでも保証を条件として仮処分命令の取消、変更を命じ得るものであるし、又債務者は仮処分異議訴訟に於て、異議原因を主張して仮処分の取消を求めると同時に之を附加して特別事情を主張し保証供託のみによる取消を併せ求めることが出来る、抗告人が仮処分異議に於てした主張は之に当る、そしてこの場合に於ても異議の訴が一個存するに過ぎないのであつて、異議の訴と取消の訴との二個が併合されたものと見るべきでない、そして当該異議訴訟に於て保証を条件とする仮処分取消判決が言渡され、それが確定した以上、仮処分義務者は民訴一一五条三項に則り、権利行使催告と担保取消決定の申立を為し得るものであり、裁判所は仮処分権利者が権利行使の期間を徒過した以上、担保取消の決定を与えなければならないことについては異論を見ない、そしてこの見解はこの場合、仮処分取消の判決が確定すれば、それが既に仮執行を経たか否、又その仮処分から解放された物件が喪失したか否を何れも不問に附しているが、その肯定すべき場合すなわち仮執行を経たこと、物件の喪失したことは何れも一般に蓋然的には考えられることであるし、且つ事件を一率に簡明に処理する為には止むを得ない趨勢であろう。以上の理論は仮処分取消訴訟に付ても妥当に適用されるべきものであることは自明である。

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